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京都地方裁判所 平成7年(行ウ)23号 判決

原告

甲野春子

外六六名

原告ら訴訟代理人弁護士

籠橋隆明

吉田隆行

村松いづみ

小川達雄

佐藤克昭

高山利夫

小笠原伸児

被告

園部税務署長

岩崎正典

右指定代理人

高橋伸幸

外四名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が乙山夏子に対して平成六年一〇月七日付けでした酒税法一六条一項に基づく酒類販売免許移転許可処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、酒類販売業(以下「酒販業」という。)を営む原告らにおいて被告が乙山夏子(以下「乙山」という。)に対し平成六年一〇月七日付けでした酒税法一六条一項に基づく酒類販売免許販売場移転許可処分(以下「本件主文」という。)には同法九条及び一六条に反するなどの違法があるとしてその取消を求めた抗告訴訟である。

二  当事者間に争いがない事実

原告らはいずれも園部税務署の管轄区域内において酒販業を営む者であり、同区域内の酒類販売業者(以下「酒販業者」という。)により構成された団体である桑船小売酒販売組合に属している。

ところで、乙山は従来京都府亀岡市馬路町〈地番略〉において酒類の販売免許を受けて酒販業を営んでいたが、被告から平成六年一〇月七日付けで酒類販売免許販売場移転許可処分(本件処分)を受けた。

これに対し、原告らは大阪国税局長に対し平成六年一二月五日付けで本件処分に対する行政不服審査を請求したが、同七年六月八日付けで同請求を却下された。

三  主な争点

1  原告らは本件訴えの原告適格を有するか。

2  本件処分の違法性の有無。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点一について

1  原告ら

(一) 行政による複雑な記載が行われている現代社会では国民の利益も複雑化するから、抗告訴訟によって救済されるべき利益も柔軟に解釈されなければならない。したがって、抗告訴訟における原告適格の有無、すなわち、原告の主張する利益が法律上保護された利益にあたるかどうかの判断は、「法律」の内容として当該処分の根拠となった実体要件法規のほかに法令、条例、運用の実態、関連法規等をも考慮に入れたうえ、合理的に行われるべきである。そして、原告適格の有無の判断と当該処分の違法性の判断は重なり合う部分があるが、原告適格の存在を立証するためには当該処分によって原告が何らかの影響を受ける可能性があることを立証すれば足り、立証の程度等も厳格な証明を要せず、疎明で足りるというべきである。

ところで、酒税法一六条二項、一〇条一一号は、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある場合には税務署長は酒販業者等に対し販売場移転許可処分をしないことができると定めている。これを受けて、実際上は、酒類販売場の移転許可処分によって地域的又は全国的に酒類の需給の均衡を破り、販売の面に混乱をきたし、酒販業者の経営基盤を危うくし、ひいては酒税の保全に悪影響を及ぼす場合には、同処分をしない扱いがされ、国においても酒類の販売及び販売場移転をめぐる許可行政を実施するにあたり、酒販業の適正化を図るために酒販業者の地域的分散等の諸事情を考慮して酒税法上の許可制度を運用している。また、酒販業者は酒税法上徴税を担当させられるなど、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るために公共的地位を付与されているうえ、酒類販売業組合法が酒税の確保を図るうえで酒類販業界の安定が必要であるとの認識のもとに様々な規制を定めている。

このような酒税法の規定、運用の実態及び関連法規のあり方からすると、酒税法は酒税を徴収する目的のために必要な規制を行う反面、酒販業の安定を目的としているといわなければならない。

(二) 原告らは、実質的に有限会社○○産業(以下「○○産業」という。)の経営する酒類販売店である「△△」が本件処分に基づき平成六年一〇月ころから異常な廉価で酒類の販売を始めたため、いずれも明らかに売上げを減らし、酒販業経営の安定を阻害されるに至った。

(三) したがって、原告らは、酒税法上保護された利益を本件処分によって侵害されたのであるから、いずれも本件訴えの原告適格を有する。

2  原告らはいずれも本件処分の名宛人ではなく、被告から酒類の販売業免許を受けた者又はその関係者にすぎない。そして、酒税法上の免許制度に関する諸規定は酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとするものであって既存の酒販業者を保護するものではないから、原告らにおいて他の酒販業者の販売場の移転が許可されないことによって何らかの利益を得るとしても、その利益は酒税の徴収確保という財政目的から設けられた酒類販売業免許制度の運用に伴って生じる反射的利益ないし事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益であるということはできない。

したがって、原告らはいずれも本件訴えについての適格を有しない。

二  争点2について

1  原告ら

(一) 免許取扱要領によれば、亀岡市において酒類販売場の移転許可を得るためには移転を求める酒販業者における年間販売実績が五キロリットル以上でなければならないが、その趣旨は販売実績に達しない酒販業者に販売場の移転を許可することは実質的には新規に酒類の販売業免許を付与することにほかならないという点にある。したがって、販売実績が販売場の移転許可を申請する直前に不自然に増加したり、酒税法上の免許制度を潜脱しようとする当事者の意図が明らかになるなどの事情があって、その営業が実態を伴わない場合には免許取扱要領上の基準にかかわらず販売場の移転許可をすべきでない。そして、乙山は従前営業の実績がなく、○○産業と共謀し本件処分にかかる申請をする直前に○○産業に対して酒類を大量に販売することによって一時的に免許取扱要領に定める年間販売実績の要件を満たしたにすぎなかった。

したがって、本件処分は被告において乙山のかかる営業の実態を看過し年間販売実績の要件を形式的に適用してなされたものであるから違法である。

(二) また、本件処分にかかる酒類販売場が存する小売販売地域は新規に酒類の販売業免許を得られる余地のない地域であったにもかかわらず、本件処分前において酒類販売実績を持っていなかった乙山が本件処分を受けたうえ、「△△」の屋号で実質的には○○産業に酒類販売の営業をさせているのである。要するに、本件処分にかかる申請は実質的な営業者である○○産業が新規に酒類の販売業免許を得なければならないのにこれを潜脱するためにされたものであって、かかる実態を看過してされた本件処分には酒税法九条に違反する違法がある。

(三) さらに、国は酒販業の健全な発展を確保する義務があるから酒類販売場の移転許可に際しても適正な需給の均衡を実現する義務がある。しかし、本件処分は被告において酒類の需給の均衡等必要な要件を勘案しないまま行われたのであるから酒税法一六条二項、一〇条一一号に違反する違法がある。

(四) 加えて、酒類の販売業免許は酒販業者を特定して付与されるものであるから、これを売買等の取引やいわゆる名義貸しの対象にすることは許されないといわなければならないのに、乙山はもともと酒類販売の実績がなかったにもかかわらず○○産業と共謀して一時的に酒類販売場の移転許可の要件を満たし、本件処分を受けたうえ実質的には移転先において○○産業に酒類を販売させている。

そうすると、本件処分にかかる申請は実質的には酒類販売免許における乙山の○○産業に対する名義貸しであるから、これに対する本件処分は違法である。

2  被告

酒類の販売業免許を受けた者が酒類の販売場を移転する場合における移転許可の要件該当性及びこれに基づく処分権限の行使・不行使等に関する判断はいずれも税務署長の幅広い裁量に委ねられている。

ところで、一般に税務署長は実務上国税庁長官が酒類の販売業免許の付与に係る統一的な取扱いを定めた平成元年六月一〇日付け通達「酒類の販売業免許等の取扱いについて」の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」に基づいて移転許可の可否を判断しているが、本件処分も免許取扱要領に照らして行われ、ほかに裁量権の逸脱や濫用もないから適法である。

第四  争点1に対する当裁判所の判断

一  原告らの請求は行政事件訴訟法三条二項にいう「処分の取消しを求める訴え」であるところ、処分の取消しの訴えを提起しうるのは当該処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者に限られている(同法九条)が、右の「法律上の利益を有する者」とは当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され又は侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。そして、当該処分の名宛人等以外の特定又は不特定の者の有する利益が「自己の権利もしくは法律上保護された利益」にあたるか否かは、当該処分を定めた行政法規の趣旨・目的等を総合して当該行政法規が処分を通じて保護しようとするものであるかどうかによって決すべきである。

二  そこで、本件処分にかかわる酒税法の趣旨等についてみると、同法は酒類には酒税を課するとし(一条)、酒類の製造業者を納税義務者とし(六条一項)、酒類の製造及び販売業について免許制を(七条から一〇条)、酒類の製造場及び販売場の移転について許可制を(一六条)それぞれ採用し、特に酒類の製造場及び販売場の移転の許可申請があった場合において、「正当な理由がないのに取締上不適当と認められる場所に製造場又は販売場を設けようとする」(一〇条九号)又は「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は販売業の免許(酒類の製造場及び販売場の移転の許可)を与えることが適当でないと認められる」(一〇条一一号)事由があるときは、税務署長は許可を与えないことができるとしている。また、酒税法一六条一項は酒類の製造場及び販売場の移転の許可申請手続の細目を政令で定めることとしその委任に基づき定められた酒税法施行令をみると、製造場又は販売場の移転につき許可を受けようとする者は申請書を移転先の所轄税務署長に提出しなければならないが、特に酒類の販売場を移転しようとする場合、その申請書には、(1)申請者の住所及び氏名又は名称、(2)移転の理由及び年月日、(3)移転先の販売場の所在地及び名称、(4)転先において販売しようとする酒類の種類、範囲及びその販売方法、(5)臨時に販売場を設けて酒類の販売業をしようとする者にあってはその旨及び販売業をしようとする期間、(6)その他参考となるべき事項をそれぞれ記載する(一五号一号、二号、五号、六号)旨定めるに止まり、ほかに酒税法及び酒税法施行令中に、税務署長においてする許可申請に対する審査の際、許可申請者以外の酒類の製造者・販売者及び酒類の消費者に許可の申請があったことを知らせる手続や意見を開陳させる手続等、これらの者を税務署長による審査手続に関与させる規定は設けられていない。以上のような規定の内容等からすると、同法は酒類の消費者を担税者と目し、酒類業者を納税義務者とするが、販売業者を通じていわゆる租税の負担が消費者に転嫁されることを予定し、同法上の各規定を設けたものと考えられる。したがって、酒税法が酒類の製造場及び販売場の移転の許可申請があった場合に「酒類の需給の均衡を維持する必要がある」かどうかの審査を税務署長に課しているのは、同法一〇条一一号に明記しているとおり「酒税の保全」という財政目的を達成するためのものであり、当該地域等の酒類の製造者・販売者の営業の安定、酒類の消費者の消費の安定、便宜等を保護しようとしたものではないといわざるをえない。

これらを要するに、酒税法が酒税の確実な徴収を本来的な財政目的として、これに資する酒税の転嫁という目的を達成するために右の免許・許可制度を採用したものであって、酒類製造場・販売場の移転の許可制を定めた同法一六条の規定もその趣旨のものにほかならず、同条に定める移転許否処分を通じて原告らの主張する同条に基づく処分の名宛人以外の近隣における酒類販売業者等の営業の安定を保護しようとするものとは考えられない。

そうすると、原告らの主張し又は供述する酒販業者等の営業の安定という利益は行政事件訴訟法九条に定める当該処分(本件処分)の取消しを求めるについての「法律上の利益」にあたらないから、原告らは本件処分の取消しを求める適格がないというほかない。

第五  結論

以上の次第で、原告らの本件訴えはいずれも訴訟要件を欠く不適法なものであるからこれを却下することとし、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官大出晃之 裁判官磯貝祐一 裁判官吉岡茂之)

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